第10話 高木春紅編①

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 最初の低音、コウジさんほど甘い声は出ない。  突き刺すような、掠れるような、あの攻撃的な歌い方はできない。  どれだけ憧れても届かない声質。  俺は俺。  俺にしか出せない声、音色、感情、それを信じようと決めるまで、コウジさんは高い壁だった。  今だって、高い壁ではあるんだけど。  俺の歌い方で、コウジさんの曲を歌う。  ……こんな曲を、アレンジを、歌詞を、生み出す人はもういない。 「……っ」  叫べないよ、コウジさん。  あなたの歌は、あなたのものだ。  1曲歌い終ると、俺は他のアーティストを選び、適当に何曲か予約した。  歌っていると、気が紛れてくる。  何曲目だろうか、ふいにドアが開いた。
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