537人が本棚に入れています
本棚に追加
部屋の寒さで目が覚めた。冬はあまり好きではない。
節電のためにリビングのエアコンしかつけていないので、部屋にまで温風は中々届いてくれていなかった。
父と二人で暮らし始めてもう何年になるだろう――ああ、七年くらいか。
幸せになってって、母は手紙にそう残していたけれど。骨にまで染み渡るような冷気を受けると、たまに、こうしてぼんやりと思い出してしまう。
真冬の川は冷たかったろうに。
――そこで待っていて。絶対に動いちゃあ駄目よ。
小学三年だった自分は、その言葉にただ頷いて川原へしゃがんだ。靴の裏にあった小石の尖った感触をやけにはっきりと覚えている。
――絶対に、動かないでね。お母さんが、見えなくなっても。
ざぶざぶと、水に入りながら母は微笑んでいた。俺へ手を振り、これは何でもないのだ、これはただの遊びであり特に、酷いものではないのだと言いたげだった。
突然深いところへ足を踏み入れたのだろう。一瞬で、流れる水の中へその姿は消えた。
綺麗にカールされた長い髪も、水面へ漂う暇なく見えなくなった。
最初のコメントを投稿しよう!