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だが今はそういうものに足を取られていたい気分じゃない。
そういうものにどっぷり浸かって沈んでしまって、朝なんて来なくていいのに……なんてどうしようもない気分になりたいときも、あるにはあるが。
「……芽衣」
沈みかけた意識を引き上げるように、彼女の名を口の中でつぶやいた。
気付けば街並みはよく見知った区画のものになっていた。
考え事をしながらも目的地にしっかり向かえるのは、思っていることとしてることが必ずしも一致しているとは限らない、大人という生き物の特権かも知れない。
そういうの、“矛盾”って呼ぶんだっけか……。
本当なら、夜のデートに芽衣を誘ったときのように、もっと違う開けた場所で待つところだけど。
本当に、仕事を離れた彼女を一刻でも早く捕まえたくて。
俺は、芽衣の働く店の裏口がある路地に足を向けていた。
「……Damn it……」
思わず、好きな映画の主人公の口癖が口をついて出ていた。
もはやギャグに等しい。
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