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ドアの方に向かい──俺はいったん振り返る。
「結城さん」
「何でしょう」
「俺に対して、言いたいこととかしたいこと、ありませんか。もう、あなたと会いたくないんで、今済ませた方がいいと思うんですが」
「いえ、充分です。木島さんも、無傷じゃなかったと思うので。それに──」
「はい?」
「……それに、木島さんもお相手に状況を説明なさってたでしょう。木島さんが受けるべき折檻があるのなら、そちらでどうぞ」
「……甘いって、言われません?」
「たまに。でも、伸びしろのある人間には逃げ道も必要だと思ってます。──妻以外には」
一流のホテルマンがくぐり抜けてきた修羅場をその冷笑に感じ、爽やかな寒気がした。
「そうですか。じゃあ、お元気で」
「木島さんも。ますますのご健勝をお祈りしてます」
「ちょっと、木島……っ!」
お前の話はこっちだ……と、結城さんの低い唸り声を背中で聞きつつ、マナー違反を承知で、バスローブ姿で廊下に出た。
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