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《1》
随分と懐かしい夢を見たな、なんて事を思う。
体を揺すられる感覚に意識を覚醒させられ、自分が眠っていた事を後から理解するような奇妙な寝覚めだった。
「おーい、涼ちん起きなさーい」
聞き慣れすぎたその声は、相変わらずどこか舌足らず。
文字通り、家族よりも馴染んだ少女の声だった。
「……おう」
そんなぶっきらぼうな返事と共に顔を上げれば、声の主は案の定だった。
夕暮れの学校、仮にも高等学校であるこの教室に立っている事に違和感を禁じえない幼げな体躯。
比例するような幼女声。
ふわふわと巻いた髪が唯一のお洒落と言わんばかりの童顔。
小学生の集団に紛れればその場で風景の一部になりそうな雰囲気。
篠原茜、という少女が立っている。
「先に帰ってもよかったのに」
そして別段申し訳ないという空気でもなく、そんな言葉を口にする。
その言葉には応えずに、教室に備え付けられた時計を見やる。
寝ぼけ眼で針の位置を確認しながら、大きく伸びをした。
窓の外は黄昏。黄色とも橙色ともとれない色の夕日が差し込んでいる。
「面談、終わったんだろ? 帰るか」
異論は無く、茜は頷いて自分の机の鞄を取る。
いつものように、当たり前に、二人で教室を出た。
「あ~あ、疲れちゃった。何か食べてこっか?」
「その前にだな」
僅かに遠く聞こえる喧騒の廊下を歩きながらの、学生の放課後的な茜の言葉を遮る。
一瞬泳いだ目は見逃さない。
「何て言われた?」
「ほら、駅前においしいクレープのお店ができたって――」
「無視してるなら胸を揉む。誤魔化してるならケツを揉む。聞こえてないなら耳たぶを舐める。さあどれだ?」
「セクハラだよっ!?」
「そこは『揉まれる胸なんてないわハッハー!』と開き直るとこじゃないのか。空気を読め」
「あるもんっ!」
「ある? お前に? なんであるんだ? おかしいじゃないか?」
「おかしくないよ!? 疑問符多すぎ!」
などとどうでもいい話をしながら、下駄箱に行き着く。
外履きの靴に履き替え校門を出たところで、そろそろと話を戻す事にした。
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