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「……ん、痛いなぁ。あ、雅哉くんだ」
「もう夜になるよ。さすがに寝すぎだよ、羽織さん」
少し笑みを浮かべて俺は恋人の名前を呼んだ。
「別に寝に来たわけじゃないんだけどね」
周囲に誰もいないため、彼女のソプラノの澄んだ声がよく聴こえる。その声を聴きながら返事を返す。
「じゃあ空を見に来たの?」
「まぁそんなとこだよん。一番好きで綺麗な青空見てたら気持ちよくなって寝ちゃったけどね。おかげで夕焼けの茜空は見逃しちゃったなぁ」
羽織さんは残念そうに言いながら両手を挙げて伸びをした。
「でも寝起きに雅哉君の顔と星空が見えたから良しとしようかな」
無邪気に笑った彼女はそう言いながら立ち上がった。女子の中では高い彼女の身長も俺と比べると10cmほど低い。身体も華奢でスタイルもいい。
「このあたりっていい場所だよね。都内なのに妙に田舎っぽいから明かりが少なくて星がみえるよ」
見上げると確かに夜空には星が輝いていた。決して多いわけではないが都会の中では多い方だろう。俺はそうだね、と言って今も風に揺れている彼女のショートカットの黒い髪を撫でた。嬉しそうに頬を赤らめる姿もかわいかった。
「さて、そろそろ帰るか。悪いけど出口のところにある自転車に先に戻ってて。羽織さんの荷物は俺が持っていくから」
そう言って俺は彼女の寝ていた場所の周辺に落ちてた推理小説やリュックを拾い始めた。全部俺の部屋から持ち出されたものだ。羽織さんは申し訳なさそうにしながらも出口の方へ歩いて行った。
羽織さんを先に自転車の場所に行かせると、俺は少し強くなった風を受けながらスマホを取り出した。すぐにソーシャルゲームを起動して、タイトル画面の下の方に書かれた自分の名前を見つめると、ため息交じりに言葉を吐く。
「姿を見ることができ、声を聴くこともできる。おまけに髪を撫でてあげることもできるのに……偽物なんだよなぁ」
小此木雅哉(おこのぎ まさや)。
ゲームの世界の女の子が、現実世界に現れて恋人になってくれる。そんな夢のようなゲームに大金をはたいてまで師水羽織のことが好きになってしまった、哀れな俺の名前である。
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