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経かたびらに裸足の男は、じっと私を見つめていた。数秒の間、反応出来ずにいた。以前のぼんやりとした姿ではなく、くっきりはっきりと見えるその姿はまるで生きているかのようで、これは夢なのかと疑った。
「名は」
「……え?」
喋った。彼が喋った。自分の間抜けな声で我に返ると、慌てて名前を教えた。
「一瀬葵、この十年間の恩を返す」
「え、え?ちょっと、待ってください、あの、あなたは、もしかして、沖田総司さん、ですか?」
「ああ」
「江戸時代に亡くなった、新選組の沖田総司さんですか!?」
「くどい」
興奮気味に話す私に、眉を寄せた彼は、半分正気の無い目で自分の墓石をチラリと見た。
「毎月、花を持って俺に会いに来ていただろう」
もう、夢でもいい。こうやって話せていることが幸せ過ぎて、このままずっと向き合っていたい、そう思っていると、ひんやりとした風が吹いて、彼は腕を組み身体を縮こませた。
「寒いですよね、そんな格好じゃ」
夕日が沈むこの時間に、布切れ一枚に裸足なのだから当然だ。何か服を、と思ったけど、もちろんそんなものは無い。
「あの、私の家に行きませんか……」
タクシーを呼び沖田さんを乗せると、運転手がミラー越しに一瞬ぎょっとしたような表情をしたが、特に何も聞いてはこなかった。家までの間は終始無言で、沖田さんはずっと窓の外を眺めていた。
マンションの前に着くと、出入り口に他に人が居ないか確認してからタクシーを降りた。見られないようにと足早に階段を上がり急かしたのに、沖田さんは腕組みをしたまま、周りを見渡しながらゆっくりと歩いてきた。
「どうぞ」
二階の自宅へ入るなり、すぐにお湯で濡らしたタオルを持ってきて足を拭くよう渡すと、彼は素直に従った。
私が住んでいる家は少し広めの1DKで、玄関を開けるとすぐに、ソファやテレビなどの必要最低限の家具を置いている居間として使う部屋が見え、壁を挟んだ右側の部屋を寝室にしている。
好きなところに座ってくださいと声をかけると、沖田さんはソファの前に敷いてあるカーペットの上に腰を下ろした。
手前の台所で温かいお茶を二人分用意して、沖田さんの前のテーブルの上にマグカップを一つ差し出すと、彼は湯気を見つめながら口を開いた。
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