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私と麻衣子の間にはあまり会話はない。チェスの最中も例外ではなく、二人とも黙って駒を進める。
一回戦目でいつものように私が負けて、二回戦目を始めて私側が有利に動き始めた頃、おもむろに麻衣子が口を開いた。
「ねぇ由布子。」
「何かしら。」
「今週末、私の家に遊びにおいでよ。」
「また随分と急ね。」
「母が由布子のことを気に入っていてね。事あるごとに家に来させろとうるさいんだよ。」
「…今週末なら空いているわ。」
「よかった。母に伝えておこう。」
平静を装っていたものの、実際私はものすごく動揺していた。
前に一度だけお邪魔したことがあるだけの由布子の家に、前に一度だけお会いしたことがあるだけの由布子のお母様に気に入られて遊びに行く。
それはなんというかくすぐったいようなそんな気持ちを私のこころの中に呼び起こした。
それよりも何よりも、由布子と二人で遊ぶのだ。
「なんでかな。母はものすごく由布子を気に入っているんだ。もしかしたら由布子が初めてうちに来た友達だからかもしれない。」
私のポーンを倒しながら麻衣子が言う。
私が、初めて。
初めて麻衣子の家に遊びに行った友達。
その言葉は元々動揺していた私に追い打ちをかけるのに充分だった。
心臓がばくばくとうるさい。顔が熱い。全身が火照ってたまらない。
「由布子、どうしたの?」
少し心配そうに麻衣子が私の顔を覗き込んで来る。「なんでもない」と返し、慌てて平静を繕ってボードに視線を戻すと、私のキングは倒されていた。
「チェックメイト。」
得意気に笑う麻衣子がかわいくてしかたなかった。
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