残酷無情の死神

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壮年の男の観察対象にされた美しい男は、それにも反応を見せず相変わらずの無表情で佇んでいる。 その美しさに変わりは無かったが、確実に何かが美しい男から消え去っていた。 それがとても重要な事なのだと壮年の男は何故か思った。普段は表面に出て来ずに深い奥底に眠っている本能が、それを知らねばならないと強く警鐘を鳴らすのだ。 「………。」 「………。」 壮年の男も美しい男も、お互いに何も言わない。他の奴隷達はこの二人の異様で音の無いやり取りに、意味も無く緊張し口を噤んだ。 美しい男を視界に入れ、壮年の男は黙って自分を、いや自分達を見つめる男が何者なのか考えた。 暫く経って、とは言っても数秒のことだが。壮年の男は美しい男から無くなったものが何だったのかということになんとなくではあるが気付いた。 美しい男から消え去ったもの。それはまるで神のように問答無用で何者をも従わせる力だ。 それに気付くことが出来たのは、ひとえに壮年の男の洞察力が優れていたからだろう。 壮絶な痛みを与えられ、恐怖から従うをえないというのは身を持って知っている。だが無条件で、というのは奴隷として狭い世界に閉じ込められていた自分の理解の範疇を越えているように思う。他者を無条件でひれ伏させる力というのは一体どのような人物が持つものなのか。一度もお目にかかった事は無いが、国王などの権力者が持っているものなのだろうか。 そこまで考えて壮年の男は顔を強ばらせた。 もし、この男が貴族や王族などといった身分の高い者であったら? 美しい男の身分が高かったとしたら、彼は同じ貴族であるオルバート伯爵の味方かもしれない。 壮年の男の背に冷や汗が伝った。 迅速に見定めなければならない。逃亡した奴隷である自分達には時間がないのだ。 壮年の男は偶に瞬きをするだけで全く動かない美しい男の顔を見上げる。するとさっきよりも眉間の皺が深くなっていた。 不機嫌になっているようだった。しかし自分の中に、同じく不機嫌なオルバート伯爵を前にした時のような恐怖や焦りはない。 彼にはこちらに対する敵意がないのだ。あの威圧感も消えている。 さっきまで美しい男に抱いていた恐怖がまやかしだったと思う程に、いつの間にか壮年の男は警戒を解いてしまっていた。 悪い人間じゃないのかもしれない。まだ断言は出来ないが、あちらに敵意がないことは分かった。
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