残酷無情の死神

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特徴的な鼻の下で八の字に小さく蓄えられた髭と吊り気味の細目。高身長に広い肩幅という立派な体躯をした何か、もとい人間の男性が若い男の腕の中から叫んだ。 就寝直前だったのか男性の格好は光沢のある寝巻きに毛皮でできたコートを羽織っただけの寒々しい姿で、その足下は裸足だった。また男性の両腕は背に回され、動かせないように縄で食い込み気味に縛られていた。 「何をしている! お前達は私の奴隷だろう! 逃げ出したことは許し難いが慈悲をやる! 皆殺しにしてやる予定だったが今私を助ければ殺さんでやろう! だから早く! 早く私を助けろ!! こいつを引き離せ!!」 若い男の腕の中にいた男性。その正体は奴隷達が命懸けで逃げ出した屋敷の主、奴隷達の恐怖の根源であるオルバート伯爵その人だった。 伯爵が若い男の拘束から逃れようと体を捻ってジタバタと暴れる。だが伯爵よりも伯爵の首を右腕で締め付け動きを封じている若い男の方が拳一つ分ほど背が高く、力でも勝っているのか伯爵がどんなに激しく動いてもビクともしていない。 隣に立つ美しい男の足に暴れる伯爵の足があたり、美しい男が再び眉間に皺を作った。 「………。」 そんな美しい男の様子を、若い男がチラリと横目で窺い見る。 「何をしている!? 早くしろっぐ…っ!」 「…黙れ。」 反応しない奴隷達になおも叫び続ける伯爵を、若い男が首にあてた腕をさらにきつく締め上げて黙らせた。 呼吸の出来ない苦しさに顔を赤くして伯爵の動きが止まる。 と、間髪入れず、美しい男が向かい合う奴隷達と伯爵との間に空いた空間へ素早くしなやかに移動した。 美しい男の端正な横顔が奴隷達に晒される。 カツンッ。 美しい男は杖を地面に突き立て、その静かな黒い瞳を奴隷達に向けた。 「青の月が十日。今より処刑審議を執り行う。」 処刑審議。 それを聞いて壮年の男は瞬時に悟った。 ああ、来たのだ。来てくれたのだ。鋭い鎌を片手に、地獄と天国への招待状を持った死神が。 何故彼が天使だなどと思ったのだろう。 天使なんて優しい存在じゃない。彼が美しい容姿をしていたからそう思ってしまっただけだ。 彼は私達が待ち望んでいた相手。 無情に対象の首に刃を突き付け、どんな状況だろうが命乞いをしようが対象の首を刎ね、命を刈る残酷な人間。 通称、残酷無情の死神。 この美麗な容姿をした男が、その残酷無情の死神だったのだ。
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