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伯爵は美しい男の突然の変化に目の痛みも忘れ戸惑った。
奴隷達も同様の反応をする。
周りの人間の自分に対する困惑を読み取ったのか、美しい男は浮かべた冷笑を苦笑に変えた。
「なんだ。私のことを血も涙もない残酷で恐ろしいだけの男だとでも思っていたのか。私はもう伯爵の制裁を済ませた。奴隷を不当な扱いをした罪を、片目を奪うという苦痛を与えることでな。これ以上、伯爵に威圧的な態度で接する必要はない。」
「それだけですか!?」
伯爵が美しい男に赦されていたことにアルドアが強く反発した。彼の後ろに隠れる奴隷達も驚愕と怒りの表情をしている。
「それだけでその男の罪が赦されるんですか!? そこの男が私達にした事はあれだけじゃありません! もっとちゃんと聞いて下さ…」
「アルドア=サズ。」
穏やかになっていた美しい男の目が再び冷気を帯び、アルドアに突き刺さった。
不機嫌になった時の癖なのか、眉間に皺を寄せた美しい男は杖の先をゆっくりとアルドアに向けた。
「私の言ったことを忘れたのか? 私はまだお前に話せとは言っていない。」
その杖の先の繊細な装飾に伯爵のものと思われる血が付着していた。
それを見たアルドアの脳裏で伯爵の血濡れの姿と自分の血濡れになった姿が重なった。死への恐怖に頭に上っていた血が一気に引いていく。
「アルドア。伯爵は人間が生きる上で必要不可欠な食塩水をお前達に与えていたな?」
「…はい。」
「伯爵は一切食事をさせていないと言ったが、実際は三日に一度は食料を奴隷に与えていた。年甲斐もなくムキになってあんな事を言ってしまっただけだ。アルドアの言う通り、数ヶ月に渡り食塩水だけの奴隷もいたようだが、その者は奴隷商を経由せず直接伯爵が買った人間だ。食料供給の義務は発生しない。つまり命さえも伯爵のものだったという訳だ。」
「………。」
「反抗的な態度をとる者に対しては食事を週に一度に減らすという対処をとっていたようだが。逃げ出すくらいだ、お前達がそうだったんだろう。」
「それはっ…!」
「お前の言う理不尽な扱いについての訴えは奴隷にとって当然の事。伯爵ばかりを責めるが、奴隷の義務である主人への絶対の服従を放棄したお前達にも罪がある。…そしてだ、罪は償わなければいけない。いつもなら首を切り落とす所だが、死罪にするには罪が軽い。別の方法にするとしよう。」
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