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これは赤ちゃんと出会った神様の追憶である─
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我は地を統べる神。大神という、この世界に散らばる神々の始祖たる神である。
我は住処である地下水が湧き出て出来た清らかな泉の畔で日光浴をしていた。太陽の暖かい光に微睡んでいると、前触れなく我の耳にカサカサと草をかき分ける不快な音が入って来た。
それだけでも五感の優れた我には大きな音に聞こえ、感じていた心地の良い眠気が消え去る。その事実に我は瞬く間に不機嫌になった。
我の機嫌を損ねたのは一体何者か。か弱い兎であろうと巨躯の熊であろうとただでは逃がさない、と音のした方に目を向けた。
カサカサ、カサカサ。
そして、そこにいたものは我の予想を遥かに上回ったものだった。そこには拙い足運びでこちらに向かって歩行する小さな赤子がいたのだ。
その存在に我は目を奪われた。
我は言葉を無くし、無言で横たわった体勢から起き上がる。
そのまま一歩、我が赤子に近づこうとすると、赤子は怯えたように体を震わせ泣き出した。
ただ、それだけのことに傷付いてしまう程、我は赤子に目を奪われていた。
嗚呼 なんと美しいのだろうか
我が決して得ることの出来ない色を、汝はいとも容易くその身に宿している。
嗚呼 なんと美しいのだろうか
我が身に宿るのは、白銀それ一色のみ。
しかし、我の目の前で泣き声を上げ大粒の涙を零すこの赤子に宿るのは、神をも魅了する引き込まれんばかりの闇の色。
嗚呼 妬ましい
太陽の光を受けようと、その光に染められることなく、尚漆黒に濡れたままの髪が。
瞼に隠され見えずとも、神たる我に双黒であろうことを期待させるその瞳が。
嗚呼 なんと 美しく妬ましいものか
そして、我が我自身の正気を疑う程に、なんと愛らしく愛おしく感じるものか。
嗚呼 欲しい… この赤子が欲しい…
胸の内が、ドロリとした気持ちの悪いものによって驚く程の勢いで埋め尽くされていく。
嗚呼 これはいけない なんと醜い感情なのだろうか 我は聖なる象徴の神であるのに
嗚呼 しかし やはり 我は
我は この赤子が…………
欲しい
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