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月が雲に隠され再び暗闇の裏路地になった場所に二つの瞳を光らせて走る猫が一匹。その肉球が踏むのは乾いた石の地面であり、それ以外なにもない。血も肉片も消え去り何の痕跡も残ってはいなかった。
ただあるとすれば、獣にしか分からない程の微かな血の臭い。
「クシュン!cウー…ナゥー。」
煩わしげに低く鼻を鳴らした猫は、そのしなやかな体を翻し宵闇に紛れ消えた。
────
彩りの無い白黒の世界を歩く美しい男。
彼はアルドアの首を何かに隠したりもせず、首の断面が剥き出しのままで腕に抱えていた。
「鬱陶しい…。」
先程、月が雲に隠れてしまい暗闇の夜に戻ってしまった通りを歩く美しい男は自分の持つ首に集まる視線に気付いていた。
視線の出所は様々。明かりのついていない家のカーテンの影から、裏路地の隙間から、屋根の上から、果ては十数軒と家を挟んだ向こうからも。
裏街であるこの界隈では昼夜逆転した夜型人間が多い。何故なら夜はここらでの稼ぎ時だからだ。昼はモグラになって、夜になってから外で働き出す。ここではそれが日常なのだ。
そんな人間のする仕事がまともなものである筈がない。
それらの視線はどれも微量の殺気が混ざっていた。ただ、その視線もここでは当たり前。逆に殺気が無ければここの人間ではない。
今その視線の意味を読み取るなら、好奇心や同情などの類だ。
「はぁ、やはり気分の良いものではないな。仕方ない…。」
溜め息を一つ零した美しい男は空いている方の手でアルドアの閉じられた目を塞いだ。
すると美しい男の指の間から、カーテンの隙間から差す朝日を思わせる仄かな銀の光が溢れ出す。
そしてその光はアルドアの首全体に広がり、次の瞬間アルドアの首が霧散するように銀の粉に変化した。
アルドアの首だったものは美しい男の周りを飛び交い、歩く美しい男について行く。
美しい男に向く視線は減り、残ったものも畏怖の視線に変わった。
これは忠告だ。変に自分にちょっかいもしくは手を出すと、この首のようにただの光に変えるという脅しも含めての。
ここに来た新参者への牽制の役割も同時に果たしている。
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