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『そうとなれば、残りは貴方だけです。
状況を理解したのであればシュゼク。貴方、可愛い部下達の為に一肌お脱ぎなさい。』
その時の母の細められた目と冷たさを感じさせる柔らかな微笑は、サニールを始末した後の今でも私の脳裏に焼き付いている。
──────
私は足を組みかえて眉を寄せる。皺になるから止めろと言われているが、癖なのだから仕方がない。
命令だったな。
母のあの言葉を思い出し、そう思う。
母ほど笑顔の有効性を理解し利用している者はいない。笑みという表情一つ、母に使わせれば百の表情と代わる。そして、あの最後の笑みは強制的に相手を従わせるような強者の気迫があった。
たとえ母だろうと普段ならそれに従う謂われはないのだが、今回ばかりは『可愛い部下達』のため。私が動いて解決するのなら、多少の労力ぐらい惜しむことはない。
ムツキはその多少の労力も私に使わせたくなかったようだが。
ソファーの上で目を閉じ数時間前のことを思い返していると、密やかな足音が近づいて来るのに気付いた。
足音がこの部屋の扉の所で止まる。
そしてその者が頭を下げた気配がした。
「…すまない、主。…いや申し訳ありませんでした。」
その言葉通り非常に申し訳なさそうな響きを残す声と静かな息遣いが私の鼓膜を刺激した。
未だ上手く使えない尊敬語を懸命に使っている所に彼の必死さが伝わってくる。
座っているソファーの向きが扉を背に配置されているため顔は見えないが、そこにいるのが誰なのかは分かりきっている。
本当に生真面目で忠実な男だ。
きっと彼は今酷く歪んだ顔をしている。課せられた仕事を完遂出来なかったことに多大な責任を感じて。
彼は私よりも年が上なのだが、これでは母に『可愛い部下』と比喩されても仕方がない。私に純粋な忠誠を捧げる姿は、確かに裏切りと血生臭さで満ちたこの薄闇の世界において可愛いと言える。
「その言葉、今晩だけで二度目だな。…だがいい、気にするな。この件は私の見通しの甘さが招いたことだ。お前達の実力不足は否めないが、そこまで気落ちする程の失態ではない。責任は七割方私にある。」
「…では三割の責任は俺に。…不肖シュゼク=ローディンが僕ムツキ、今回の責任は必ずとります。」
「ああ。」
不器用だが優秀なムツキのことだ。すぐに責任は取ってくれるだろう。
ソファーから立ち上がり、棚の上の花瓶を見る。
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