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チリッ。
「っ!?」
青年が退いた直後、奴隷達は首筋の毛が逆立ち、その逆立った毛を焼かれるような感覚に襲われた。
この感覚は知っている。これは視線だ。
突如としてその場の空気が変わる。
暗闇の見通しのきかない中で、一人の人間の気配が現れたからだ。
視線が送られてくる方向と気配から察するに、その人物がいるのは見張りとして路地裏の端に立っていた体格の良い大柄な男の後ろ。
自分たちの身を守るために、常に周りの様子を窺い生きてきた奴隷達は気配というものに人一倍敏感になっている。真っ先にその大柄な男がそこから飛び退き、続いて青年を除いた全員が瞬時に反応し身構えた。
もし、オルバート伯爵の息のかかった者だった場合、奴隷達は始末されてしまう。始末だ、処罰ではない。殺されることが前提にあるのだ。
全力で逃げるか、捨て身の覚悟で倒しに行くかの二択しかない。でなければ、ここにある全ての命が散ってしまうだろう。
「……………。」
先程の沈黙とはまた違う、緊張から来る息苦しい程の沈黙が奴隷達の間に広がる。
奴隷達の見つめる先で静かに佇んでいた不穏な気配の持ち主は、何の前触れも無く奴隷達に向かって足を踏み出した。
コツ。
硬質な靴の音が鳴った。
コツ。
「…………!」
その音に警戒を強めた奴隷達は無意識に息を詰める。
コツ…シュル。
靴音がする度に衣擦れの音も混じり合い、正体の分からない人間が近づいて来ているのことを再認識させられ奴隷達の恐怖心は増幅する。
「っ……くそっ……!」
先手必勝、と恐怖に耐えられなくなった奴隷の一人が襲い掛かろうと身を低くした瞬間、それを見破ったかように男の声が奴隷達の耳に投げかけられた。
「動くな。」
一言。
たったそれだけの威圧は、奴隷達の足を地面に縛り付けるのに充分な圧力を含んでいた。だが、恐怖を与える要素は何一つとしてない。それどころか、微かに穏やかな色を含んだ声だった。
「っ…………。」
コツ…シュル。
動けない。誰も。身動きさえ、できない。
コツ。
不思議な声をした男は、皆を守るように前に出て立っていた壮年の男の直ぐ近くにまで来て止まった。
同時に、黒々とした雲に覆われていた月がその姿を現した。月光が降り注ぎ地上を照らす。
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