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「すみません」
集中力を取り戻したばかりの千佳子の心臓がどきりと跳ねた。
色気のある低い声の主が誰であるのか、顔を上げる前からわかっていた。
「はい」
パソコンの画面を睨みつけていた怖い表情を慌てて切り替えた。
下から見上げても、顔が整っていることがはっきりとわかる。
短すぎず、長すぎない髪もきちんとセットされており、清潔感を感じさせた。
このフロアにおける一番のイケメンは、今日から間違いなく「彼」になるだろう。
「社食について教えて貰いたいんですけど」
その言葉に、千佳子は愕然とした。腕時計を確認すると、時計の針が二本とも12の位置で重なり合っている。
どれほど自分が放心状態であったかを改めて痛感した。お昼返上で仕事に取りかからなければ、15時のミーティングで使用する資料が白紙になるだろう。
「あの…」
「あ、すみません。社食ですよね」
千佳子は慌てて返事をすると、席から立ち上がり、黒いカーディガンを羽織った。
「19階なんですけど、いろいろと少し複雑なのでご案内します」
「わざわざすみません」
申し訳なさそうな表情を浮かべる圭に、千佳子は笑顔で首を振った。
「とんでもないです。行きましょう」
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