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「また…見てしまった…」
目覚ましの電子音を断ち切ると、千佳子は枕に思いっきり頭を打ちつけた。
クッションが、千佳子の頭を柔らかくキャッチしてくれる。柔軟剤の仄かな香りに、気持ちも和らぐ。
「懐かしいなぁ、ハロウィン」
夢の内容をはっきりと覚えていた千佳子は、その余韻に浸る。
当時、アメリカに住んでいた千佳子は、一年に一度やってくるハロウィンを楽しみにしており、天使、魔女、シンデレラ、眠りの森の美女と毎年違う役になりきっていた。
そして、あの年のハロウィンは、白雪姫に扮し、幼いながらも圭のカウボーイ姿にときめいたことも覚えていた。
「千佳子ー!もう35分よー!」
懐かしく甘い夢の余韻に浸っていると、階下から母親の叫び声が聞こえてきた。千佳子は布団をはねのけると、スリッパもはかず、階段を駆け下りて行った。
「社会人3年目にもなって、いい加減にしなさいよ」
全力でキッチンに駆けつけたつもりだったが、母親はご立腹のようだ。呆れた様子で、目玉焼きと野菜炒めとトーストがのったお皿を千佳子の目の前にさしだす。
「圭くんはね、いつも朝5時に起きるんですって」
野菜スムージーを飲んでいた千佳子は、朝から吹き出した。
「千佳子、あなた最近ますます落ち着きがなくなったんじゃない。もういい歳なんだから、心配させないでちょうだい」
ここのところ何回もスムージーを口から吐き出す娘を、母親もいよいよ不審に思い始めた。
「だってお母さんの話題が突然すぎるんだもの。圭くんの話とか」
「あら、圭くんの話が気になるの」
途端に表情を変えて、にやりと笑う母親の姿に、千佳子は固く心に決めた。同じ部署に疑わしい人が来たということは絶対に秘密にしておこう。
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