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「いやぁ、さすがだね」
「リスニングも完璧だし、発音も流暢だなんて羨ましいよ」
笠井が圭を褒めちぎっている間、千佳子は会議室のホワイトボードに書かれた英語と日本語を丁寧に消し続けていた。手のひらに消しカスの黒い粉がつくのも気にせず、無心に消していた。
「昔、アメリカに住んでいたことがあるので。そんなに大した事ないですよ」
圭の言葉に、無心にホワイトボードの掃除をしていた千佳子の胸がさわさわと騒ぐ。背中の後ろで続けられる会話に、神経を集中させた。
「アメリカのどの辺り?」
「ロサンゼルスです」
「ロサンゼルスかぁ。旅行でしか行った事ないけど、いいよなぁ」
千佳子はそっと目を閉じた。青くて広い空の下、肌を撫でるからりとした風、柔らかい太陽の光。愛しくて懐かしい風景が千佳子の瞼の裏に浮かんだ。
「ん、あれ?そういえば…」
それまで調子良く笑っていた笠井が、急に真面目な声色になった。千佳子の胸が再び騒ぎ出す。間違いなく、笠井は自分に話題を振る。そう確信した。
「千佳子ちゃんも、確かロサンゼルスじゃなかったっけ?」
ホワイトボードを綺麗さっぱりに消し終わってしまった千佳子には、笠井と圭の方を振り向くという選択肢しかなかった。
「そうなんですよ!今お二人のお話聞いていて、びっくりしちゃいました」
電話の器具を片付け終わった笠井が、やっぱりと嬉しそうな表情をする。
これ以上、何かを聞かれてしまったらどうしよう。ばくばくと、千佳子の心臓が音を立てる。その音が二人にも聞こえてしまうのではないかと思う程だった。カモフラージュのために、千佳子は手についた消しカスを振り払った。
「あ、すみません…消すのを任せてしまって。手汚れちゃいましたよね」
「ごめんね、千佳子ちゃん」
完璧なタイミングでの助け舟に、千佳子は思わず圭を見つめた。申し訳なさそうな彼の表情の中に、共犯めいた悪戯っぽい笑みが一瞬だけ見えた気がした。そして次の瞬間、ひどく懐かしい気持ちが、千佳子の胸の中に蘇ってきた。この笑みを私はよく知っている。
(大丈夫、ちょっとためしてみるだけだよ)
(それとも、ちかこちゃんはいや?)
間違いない。目の前にいるのは、かつての幼馴染だった。千佳子は再び顔を上げて圭を見つめる。やっぱり貴方だったのね。心の中でそっと呟いた。
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