第3話 記憶はマル。

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「いやぁ、さすがだね」 「リスニングも完璧だし、発音も流暢だなんて羨ましいよ」 笠井が圭を褒めちぎっている間、千佳子は会議室のホワイトボードに書かれた英語と日本語を丁寧に消し続けていた。手のひらに消しカスの黒い粉がつくのも気にせず、無心に消していた。 「昔、アメリカに住んでいたことがあるので。そんなに大した事ないですよ」 圭の言葉に、無心にホワイトボードの掃除をしていた千佳子の胸がさわさわと騒ぐ。背中の後ろで続けられる会話に、神経を集中させた。 「アメリカのどの辺り?」 「ロサンゼルスです」 「ロサンゼルスかぁ。旅行でしか行った事ないけど、いいよなぁ」 千佳子はそっと目を閉じた。青くて広い空の下、肌を撫でるからりとした風、柔らかい太陽の光。愛しくて懐かしい風景が千佳子の瞼の裏に浮かんだ。 「ん、あれ?そういえば…」 それまで調子良く笑っていた笠井が、急に真面目な声色になった。千佳子の胸が再び騒ぎ出す。間違いなく、笠井は自分に話題を振る。そう確信した。 「千佳子ちゃんも、確かロサンゼルスじゃなかったっけ?」 ホワイトボードを綺麗さっぱりに消し終わってしまった千佳子には、笠井と圭の方を振り向くという選択肢しかなかった。 「そうなんですよ!今お二人のお話聞いていて、びっくりしちゃいました」 電話の器具を片付け終わった笠井が、やっぱりと嬉しそうな表情をする。 これ以上、何かを聞かれてしまったらどうしよう。ばくばくと、千佳子の心臓が音を立てる。その音が二人にも聞こえてしまうのではないかと思う程だった。カモフラージュのために、千佳子は手についた消しカスを振り払った。 「あ、すみません…消すのを任せてしまって。手汚れちゃいましたよね」 「ごめんね、千佳子ちゃん」 完璧なタイミングでの助け舟に、千佳子は思わず圭を見つめた。申し訳なさそうな彼の表情の中に、共犯めいた悪戯っぽい笑みが一瞬だけ見えた気がした。そして次の瞬間、ひどく懐かしい気持ちが、千佳子の胸の中に蘇ってきた。この笑みを私はよく知っている。 (大丈夫、ちょっとためしてみるだけだよ) (それとも、ちかこちゃんはいや?) 間違いない。目の前にいるのは、かつての幼馴染だった。千佳子は再び顔を上げて圭を見つめる。やっぱり貴方だったのね。心の中でそっと呟いた。
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