第3話 記憶はマル。

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お昼のチャイムが鳴り響く。千佳子は頬杖をついて、完全に業務を放棄していた。 新しく部署にやって来た社員は、約15年前ぶりに再会した幼馴染だった。あまりの偶然ぶりに、千佳子の頭も混乱していた。 ちらりと、斜め前の様子を伺う。 圭は、真剣な眼差しでパソコンを見つめていた。すっとした鼻筋に、幼い頃の面影を重ねる。そういえば、小学生の時も整った顔立ちで、バレンタインはチョコを両手いっぱいに抱えていたっけ。 あまり長い間見つめ続けることもできず、千佳子は視線を自分のパソコンの画面に戻した。 日本には星の数ほど企業があるはずである。幼馴染の転職先が自分の勤める企業で、さらに同じ部署という境遇にいる人が、自分の他にどれくらいいるのだろうか。計算する気力はないが、どれくらいの確率なのか気になった。 「千佳子、お昼食べない?」 自分を呼ぶハスキーな声に、千佳子は我に返った。振り向くと、上のフロアの部署にいる同期、戸越 愛子(とごし あいこ)が立っていた。 「愛子、久しぶりね」 「この間はドタキャンしちゃってごめんね。急にお客様のアポが入っちゃって」 「ううん。気にしないで」 ボブショートが似合う愛子は目鼻立ちがはっきりとした美人で、千佳子の憧れだった。思ったことは包み隠さず言葉に出すタイプで、同期の中には少し苦手とする人もいたようだが、千佳子はそんな愛子が好きだった。 「愛子とランチ、久しぶりね。嬉しいな」 「わたしも」 愛子とのランチで気を紛らせよう。千佳子は少し気持ちが軽くなり、ミニバックにお財布とスマートフォン、化粧ポーチを入れた。 「どこ行こっか」 嬉しそうに愛子とランチへ出掛ける千佳子の後ろ姿を、圭が頬杖をつきながらじっと見つめる。そんなことを知る由もない千佳子は、愛子の方を向きながら今日一番の笑顔をみせていた。
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