第3話 記憶はマル。

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誰かの香水の残り香が漂う更衣室で、千佳子は歯磨きセットをロッカーにしまっていた。ピザとスパゲッティが胃の中で喧嘩をしているのか、ぐるぐるとお腹が鳴っている。 会議中に鳴りませんように。心の中で千佳子が手を合わせていると、馴染みの香りが漂ってきた。 「ちーかーこちゃん」 主張が控えめなホワイトブーケの香りの主は梨花だった。いつもとは違う呼び方に、少しぎくりとする。 「なぁに?」 「白々しいわねぇ。何の話をされるかわかってるくせに」 小悪魔という言葉がぴったり当てはまる笑みを浮かべて、梨花は千佳子の肩を突っついた。 「何のことがさっぱり」 「お昼休みも後少しだから、端的に話すわ。永塚さんのことよ」 「ああ…」 そのことしかないだろうとは思っていたが、やはりそのことか。千佳子の気が重くなった。 「ああ…じゃないでしょ。私が手に入れたレア情報知りたくない?」 「レア情報って……」 知りたいと言えば知りたいが、それを素直に口に出せば、自分が圭のことを気にしていることが、梨花にわかってしまう。 「………」 ここは、毅然とした態度で対応すべきかもしれない。千佳子が頭の中で、色々なことを考えていると、梨花が一方的に話し始めた。梨花のこういうところが好きだ、と千佳子は思った。 「昨日あの後、2人で社食食べたでしょ。それで感じたんだけど、あのね、永塚さん、ぜったい千佳子のこと気にしてると思う」 「な…なんで、そうなるの」 言葉に詰まる。毅然な態度で乗り切るつもりだったが、その決意はあっさり破れた。 「だって、お昼食べてる間、千佳子のこと聞いてきたんだよ!」 「何て?」 「どんな子?って」 「……」 「……」 「それだけ?」 「う…うん」 「それは、私のこと気にしてるというよりか、自然な流れで聞いたんじゃないかな…」 「間違いないの!これは女の、私の勘なの!」 納得していなさそうな表情を浮かべている千佳子に、梨花はきっぱりと言い切る。自信に満ち溢れる梨花を、千佳子はただ見つめるしかなかった。
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