第3話 記憶はマル。

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たかが幹事、されど歓迎会の幹事である。千佳子は、今週に入って何度目かわからない溜息をついた。社食のサラダバーはいつもより社員で賑わっており、列の進みが遅い。気がつけば、レタスを大量によそってしまっていた。 「千佳子、最近元気ないわねぇ」 尋常ではない量のレタスをボウルに盛り付けている千佳子に、梨花も心配しているようだった。 「まぁね」 「何かあったの」 「業務を溜めちゃってるところに、歓迎会の幹事任されちゃって…」 「それはご愁傷様ね」 梨花は酸っぱい梅干を食べた時のような表情をした。若手社員である千佳子も梨花も、飲み会や歓迎会、送別会といったイベントでは必ず幹事を任されていた。幹事が恐ろしく面倒臭い役割であることは身を持って知っている。 「でも、見方を変えればさ」 「永塚くんと急接近できるチャンスじゃない」 梨花は、我ながら良いことを言ったとでもいうように、目を輝かせて千佳子を見つめ返した。 「だから、私は別に…」 言い返しかけて、千佳子は口に出しかけた言葉をぐっと飲み込んだ。自分自身の気持ちが未だによくわかっていなかった。 そもそも、こんなにも業務に集中できていない要因は一体何なのだろう。 盛りすぎたレタスの1枚がはらりとトレーに落ちていく。千佳子はその様子はじっと見つめた。 幼馴染の登場に胸が騒いでいるせいなのか、幼馴染の整った顔に胸がときめいてしまっているせいなのか、度々見てしまう昔の夢に困惑しているからなのか。 その全てかもしれない。 千佳子がそのことに気がついた時、この数日間もやもやと胸の辺りにあった霧のようなものが、さっと晴れていった。
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