第3話 記憶はマル。

11/11
前へ
/25ページ
次へ
「21日の19時から25名でお願いしたいんですが…えーっと金曜日ですね」 デスクの隅に置いてある卓上カレンダーをちらりと見る。都内のお洒落なインテリア雑貨屋さんで購入したお気に入りの品である。 「よろしくお願いします」 「お待ちしております」という店員の言葉に、少し前までは鉛のように重かった心が綿のようにふわふわと軽くなった。これで、悩みの種だった幹事業務が7割方終了したといっても過言ではない。後は会計くらいである。 そして心の怠さがなくなった千佳子は、鼻歌を歌いながら、驚くべきスピードで溜まった業務を消化していった。 きりの良いところで一旦休憩しようと、椅子から勢いよく立ち上がる。糖分不足に陥った自分の可哀相な頭を気遣い、オフィスのエントランスにあるカフェでココアを買うことにした。 「はぁ幸せ…」 ココアの入った紙カップから、温かいぬくもりが手のひらにじんわりと伝わってくる。近くのソファーに座り、目を閉じながら温もりを堪能した。圭が自分の前に現れてから、そのことに振り回されてばかりだった千佳子にとって、久しぶりに心休まる時間だった。 しかし、平穏は長くは続かないのが世の常である。千佳子は、自分が座っているソファーのすぐ横に、人の気配を感じた。ゆっくりと閉じていた目を開くと、懐かしい人物が座っていた。目に入ってきた光景に、千佳子は何度か瞬きをして、自分を落ち着かせようとした。 「翔ちゃん…」 「久しぶりだな、千佳子」 猫毛のような柔らかそうな黒髪、くっきりとした二重瞼と、透き通るような茶色の瞳が、千佳子を揺らがせる。 「そんな警戒しなくてもいいじゃん。仮にも、同期かつ元恋人同士だろ」 温かいココアの熱が、いつの間にかさっぱり感じられなくなっていた。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加