第4話 思い出はさんかく。

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第4話 思い出はさんかく。

「じゃあ、ちかこちゃんはママね」 「けいくんは、パパ、わたしはむすめね」 「あきらくんは、おとなりさんね」 じゃんけんを終えた子供達は、互いに架空の役割を割り振っていく。おままごとを仕切っている少女から、千佳子は可愛らしい子供用のエプロンを渡された。淡い桃色にフリルがあしらわれ、白い花が控えめに散らばっている。少し照れた表情を浮かべながら、千佳子はそっとそれを身につけた。 「けいくんは、おへやの外から『ただいまー』って言って入ってきてね」 「うん。あとは何をすればいいの」 エプロンで気分がそわそわしている千佳子とは対照的に、圭は、冷静な様子で自分のすべき行動を尋ねた。おままごとを主催した少女は、自分の頭の中にしっかりとしたシナリオがある様子だ。腕を組みながら、何かを思い出そうとしている。少しの沈黙の後、少女の表情がぱっと明るくなる。 「おへやに入ったら、ママにハグとキスだよ」 「「えっ」」 少女の言葉に、千佳子と圭の声が重なった。 「ハグとキス?」 千佳子が目を丸くしながら少女の言葉を繰り返す。千佳子の反応を少女は不思議そうに見つめる。 「だって私のパパとママはいつもそうしてるよ」 少女の言葉に、千佳子と圭が黙り込んでしまう。すると、階下から聞こえてきた少女の母親の声が聞こえてきた。子供達は一斉に部屋から飛び出し、おやつを求めて階段を駆け下りて行く。どんどんどん、という足音が小さくなっていき、千佳子と圭だけが部屋に取り残された。 「ためしてみる?」 「えっ」 思わぬ圭の言葉によって、それまで2人を包んでいた沈黙が突然破られた。驚きのあまり、千佳子の声は掠れた。そんな千佳子の焦りようとは対照的に、落ち着いた声で圭は言った。 「大丈夫、ちょっとだけためしてみるだけだよ」 「それとも、ちかこちゃんはいや?」 自分の名前を呼ばれ、それまでフローリングを見つめていた千佳子は顔を上げた。柔らかい微笑みを浮かべる圭は、悪戯を企んでいるようにも見える。 どうしよう。なんて答えればよいのだろう。千佳子は再びフローリングを見つめた。身体中の熱が頬と首のあたりに集まってくるのがわかった。 そして視界がぐにゃりと歪んだ。
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