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いつもよりヒールの高いパンプスと買ったばかりのツイードスカートを履いた千佳子は、更衣室のロッカー前で大きく深呼吸をした。
ロッカーの扉に備え付けてある小さな鏡で、前髪とマスカラのカール具合を確認する。
「よしっ」
勢い良く扉を閉め、バッグを肩に掛け直し、千佳子は自身のデスクに向かって歩き出した。遠目ではっきりと見えないが、デスクの周辺にはまだ部長しかいないようである。
「千佳子っ!」
デスクまで後数メートルというところで、小声だが、はっきりと自分を呼ぶ声を聞き取れた。声のトーンから、振り返らなくても梨花だとわかる。
「どうしたの?」
「いいからちょっと来て!」
手首をしっかり握られたまま、先ほど後にしたばかりの更衣室に再び連れ込まれた。梨花のただならぬテンションに千佳子もたじろぐ。
「もうすぐ9時なんだけど…」
「イケメンがいたの!!このフロアに!さっき、エレベーターホールですれ違ったんだけど、東エリアに入っていったから、あれは間違いなく新しく来るキャリアの人だよ!」
このビルのフロアは、1フロアがとても広いため、東エリアと西エリアに分かれており、千佳子と梨花が所属する部署は東エリアにある。
「梨花のイケメン感知センサーには脱帽するよ」
「まぁね。あんまりじっくり観察できなかったけど、背は180センチ近く、小顔、鼻も高くて、目もいい感じだった。あれは間違いなくイケメンよ」
目をキラキラとさせた梨花の興奮気味な報告に、千佳子のテンションも少し上がる。そして、幼馴染の顔を思い出そうとするが、最後の記憶が古すぎて当てにならない。
「いいなぁ、千佳子。イケメンと同じ部署だなんて。英語苦手だけど、代わって欲しいくらい」
「もしそのイケメンごビジターだったりしたら、今日のランチ奢ってね。こんなに期待させて違ったら怒るよ」
パンプスとスカート、少しお洒落にしてきてよかった。千佳子は心の中でそっと呟く。
「報告楽しみにしてるからね」
「もちろん」
梨花の念押しに、千佳子は笑顔で応えた。
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