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千佳子がデスクに戻ると、部長の席の近くに既に人の輪ができていた。目立たないように慌てて後ろの方に加わる。
輪を見渡し、部長が軽く咳払いをした。
「だいたいメンバーも揃ったようだな。噂で知っている者もいるかもしれないが、嬉しい報告をしたいと思う」
どうやら殆どのメンバーが、知っているらしい。特にざわめきも起こらなかった。
「我々の新しい仲間を紹介する」
部長が横に立っていた男性の肩にぽんっと手をのせた。
「貴重で強力な戦力を得ることができてとても嬉しいよ。永塚くん、少し自己紹介をお願いできるかな」
「はい」
低い、けれどよく通る声。
すらりとした男性が部長の横から一歩踏み出した。
胸騒ぎが止まらない千佳子は、あえて部長とその横に立つ男性の方を見ないように、視線を自身のパンプスの先に落とした。
「永塚圭(ながつか けい)です。前職ではシンクタンク関係の仕事をしていました。新入社員ではありますが、1日も早く貢献できるように頑張りたいと思います。どうぞよろしくお願いします」
ながつかけい。その音の響きが遅れて千佳子の耳に入ってくる。さらに、それが自分の幼馴染と同じ名前を指す、ということを理解するまでにも時間がかかった。
いや、まさか。同姓同名の赤の他人かもしれない。だって、そんなとんでもない偶然があるはずない。顔もまだよく見えないし。
千佳子の思考回路がぐるぐると混乱し始めショート寸前になるのをよそに、部長が大きく手を叩く。
「ほいっ!じゃあ気持ちを切り替えて仕事を始めようか。引き続き話があるから、永塚くんは私のデスクに来てくれるかな」
部長の言葉に、人の輪がばらけていく。
(部長…私はまだ気持ち切り替えられなさそうです…)
千佳子は朝から強い疲労感を感じながら、肩を落として自身のデスクに戻って行った。
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