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午後からさらに忙しくなり、職場を出たのは8時をまわっていた。
なかなかこないバスにようやく乗り込み、ゆられること20分、とある私鉄の駅に着いた。
この近くに、智のマンションがある。1DKのこじんまりした部屋だ。
智は、真っ直ぐ自分の部屋には帰らずに、駅の反対側へ出て横断歩道を渡りビルのすき間のような路地に入った。
奥まったところにある雑居ビルのエレベーターで3階に上がった。
でてすぐ右手に、木製ドアがしぶいレトロな感じの店がある。
ドアを押し、慣れた様子で入っていく。
「こんばんわ、いらっしゃい」
智に親しげな笑顔を見せるのが琴音だ。
ここは、琴音の母親が昭和の時代からやってきた、カウンターだけのワインバー「サンクチュアリ」だ。
場所が分かりにくいが、隠れ家的な魅力でなんとか今まで開店してきている。
日々仕事で神経をすり減らしている智にとって、琴音がいつも微笑んでいてくれる「サンクチュアリ」はまさに”安らぎの場所”だ。
「今日は遅いのね、智さん」
「いそがしくて、やっと開放されたよ」
「おつかれさま、なにか食べる?」
「うん、お腹へった」
カウンターのイスに座り込んだ智を見て、琴音は微笑みながら料理を作り始めた。
「智さん、料理待ちながら飲んでいて」
琴音は手早くワインボトルとグラスをカウンターに並べた。
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