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「じゃあまたな」
背中がゆっくりと遠ざかる。多分三度目はないだろう。もう二度と──。一度きりだから忘れられない。そんなあなたの左手の体温。
涙があふれてくる。なんで彼を好きになってしまったんだろう。簡単に忘れられる人をスキになったわけじゃない。なんで簡単なことが判らなかったんだろう。なんで判ろうとしなかったんだろう。
長い長い八年間で判ったことはただ一つ。私は彼が好き。ほかに何があったわけでもない。それだけだった。今、わかった。
「洋ちゃん」
彼がゆっくりと振り返った。この名前で呼ぶのは久しぶりだ。鈍感な洋ちゃんもさすがに気付いたらしい。表情から笑顔はは消えていた。
「どうした?」
その真剣な表情に見つめられてみたかった。ずっとずっと想っていた。永遠が続いてもいいと思っていた。
「私ね、洋ちゃんのこと大好きだったんだよ」
でもそれを終わらせようと思った。
「洋ちゃんが夏実のこと好きなのと同じくらい、好きだった」
もう三度目はない。だったらもう終わらせよう。
「夏実のこと、幸せにしなきゃ私が怒るからね」
洋ちゃんは真剣な表情でずっと聞いていてくれていた。この顔をずっとほしかったんだ。私には向けられることのない表情。許された人にしか見せない表情。
私が惚れたのは、夏実を好きな洋ちゃん。いつでも一生懸命で。いつでも笑っていて。いつでも頑張っていて。いつでも彼女を想っていて。そんな洋ちゃん。
「いきなりごめんね、でももう言えないかと思うと言いたかったからさ」
洋ちゃんは何も言わなかった。
「夏実によろしくね」
ビルの間に風が吹いていく。冷たい風だ。明日は少し暑さも和らぐのだろうか。
「じゃあ、仕事無理しないようにね。またーー」
なんでだろう。
今の私はすごくスッキリしている。
一気に時が流れたように。
たくさんの思いが流れたように。
何かに決着がついた。
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