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「待てよ」
不意に左手を掴まれた。
「唯も、、、」
彼の表情は真剣だった。
「唯も幸せに、、、」
左手から体温が伝わってきた。涙が溢れ出てきた。彼の胸に飛びこんだ。彼は何も言わなかった。ただ背中に体温を感じた。
三度目の奇跡が起きた。泣きじゃくりながらそんなことを思った。冷たい風はやがて秋を運んでくるだろう。それでも私はこの夏を忘れないだろう。季節は忘れるんじゃない。乗り越えるもの。通り過ぎていくものだから。誰かの幸せを願う気持ちも、奇跡を祈る気持ちも。すべては通り過ぎていくもの。
今年もまた夏がやってくる。若い春は終わり、夏がやってくる。空を見上げる。大きく息を吸い込んで。目を閉じる。
あれから一年が経ち、季節は3回変わった。私も少しだけ体が強くなった。多分、残業後の寄り道をしなくなったぶん睡眠時間を確保できるようになったからだと思っている。
何が苦しかったんだろう。何を苦しんでたんだろう。あなたに出逢えてよかった。そのフレーズが妙に頭についていた。風が吹くように何かが変わっていった。
「まさかあんたに先こされるとはね」
香苗が顔をしかめながら呟いた。
「丸聞こえよ」
「でもよかった、マリッジブルーとかにならなくて」
「うん、確かに」
「男の傷は男で癒すってか、まったくよくできてるよね」
「ちょっと、やめてよ、一応美しい思い出なんだから。それに別に剛くんで癒したわけじゃないもの」
「それもそうだね」
香苗は何度か頷いたが、顔のしかめっ面は変わらなかった。
「幸せになるんだよ、佐山唯」
急に笑顔になった香苗の姿が、一瞬洋平君に見えた。
「うん、幸せよ」
奇跡は三回きりじゃない、そう思った。
洋ちゃん、元気していますか?
夏実の女心に気づけましたか?
笑顔は輝いていますか?
幸せですか?
私はとても幸せです。
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