第1話

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いやに冷え込んだ風に冬の訪れを感じた。 「なに、どうした?ずいぶん気落ちした顔してるな」 「あ、いや。すいません、最近胃腸の調子が良くなくて」 先輩の片山に肘でこづかれ、俺はもう一度ため息をついた。 「あー小林さんか。腕は抜群だし綺麗なんだけどな、気が強そうなんだよな。俺負ける」 「まあマスコミ業界なんて女性も気が強くなきゃ生きのこれないんじゃないんすか?」 「小林奈津美、ね。青山、喰われないようにしろよ」 「ははは、大丈夫っすよ」 片山はそのまま去って行った。俺はタバコを1本取り出して火を付けた。煙がコーヒーの湯気にまじる。小林奈津美との取材が、どうしても気が重いのは、彼女のせいではない。彼女の名前のせいなのだ。こんなことを片山に話してもどうせ酒の肴にされるだけだろう。 冷え込んだ冬の空気を浴び、取材のスケジュールを確認する。ニューヨークと鎌倉に居を持つ建築家へのインタビューだ。品川駅近くの事務所で小林奈津美をひろって向かわなければならない。片山はああは言っていたが、俺は彼女のことは嫌いではない。女性らしいしなやかな感性と頭の回転の早さは一緒にいて楽しい。取材もタッグを組むことが多く、打ち上げと称して酒を共に飲む機会も多い。酔い潰れた彼女を、彼女の家まで送り届けたこともある。酔いが回った小林奈津美は 「上の名前だとややこしいから、下の名前で呼んでください」 と言ったが、それだけはできなかった。いっそのこと抱いてと頼まれたほうがよかった。だが彼女は冷静に俺の断りを受け入れた。そうして半年近くが経ち、この冬に至る。
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