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 見覚えのある顔。浅黒い肌。モコモコとした厚着。たいして長くもないのにカチューシャでまとめた髪の毛。担当部所が違うので顔とあだ名ぐらいしか知らないが、僕の大先輩にあたる人。 「……ハチマキさん? …何やってンスか、こんなとこで??」 僕が怒らなかったからだろうか、ハチマキさんの笑顔から、屈託と照れの色が、スッと消えた。 「んんん?」 ハチマキさんは変な声をだし、隣に座れとばかりに手のひらで軽く床を叩いた。僕はゆっくりとそれに従う。僕の腰が落ち着くのを待つようにして、彼女は僕の顔を覗き込み、そして視線を正面の窓に移した。 「……月を、ね、見てたのよ。」 「月?」 ハチマキさんの視線をたどると、確かに窓のてっぺん近くから月が覗いていた。余程窓の近くに居なければ、立っていたのでは気付かない位置だ。僕は思わず小さな声を上げてしまった。  月なんて見上げたの、どれぐらいぶりだろうか?ここ何年か、意識して月を見上げた覚えはない。 「…ああ、月見酒って、やつですか。」 僕の声は、こんなにも優しそうだったろうか。口に出してみて、自分で少し驚いた。 イライラも憤りも、どうやら座敷に忘れてきてしまったらしい。 「どうもね、ああいう宴会の席みたいの、苦手で、サ。」 ハチマキさんは、僕の戸惑いを見透かしたようにクスクスと笑う。 「それで、逃げ出してきちゃったんですか?」 ハチマキさんは答えない。かわりに傍らのロックグラスを掲げ、月の光に透かして見せた。 「飲む?余っちった。」 グラスには3分の1ぐらい、飴色のウイスキーの水割りが、溶けて丸くなった氷を浮かべていた。呑みたいとは思わなかったが、僕はつい受け取ってしまった。  僕がグラスを受け取ると、ハチマキさんはゆっくりと立ち上がった。そして彼女の口から、思いがけない話が飛び出してきたのはその時のこと。 「コーヘー君。」 僕はハチマキさんの顔を見上げた。いつの間に名前を覚えられていたのだろう。僕は胸にざわめきを感じた。 「来週あたりから、うちのプロジェクトに廻ってもらうと思う。」 「え?」 初耳だった。僕は一瞬ハチマキさんの言葉の意味を掴み損ねた。 ハチマキさんはお構い無しに僕に背を向ける。 「じゃ、そゆ事でヨロシク。」
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