第十二話

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高瀬視線・前編  僕に就くことになった人は、珍しい女性だった。特に遺体捜査官という職業は、体力があってなんぼの世界だ。いくら根性があっても、女性に勤まるとは、思えなかった。そのため断る方向で、ほぼ傾いていた。  しかし――― 「空きが出ているのは、あの朝霞君だよ?」  え、朝霞?  確実に遺体を嗅ぎ分ける力を持ち、即戦力になる期待の星として、本部では常に数十もの噂が飛び交っていた。周囲から疎まれようが煙たがられようが、否定も肯定もせずに、肩身の狭い中へ身を置いていた、僕の憧れの人だ。あの人に、会える?  自分でも情けないほど、不純な理由だと思うが、彼女に会いたかった。あまり人と群れあわないため、いつもどこにいるのかわからなかった。  住み込み希望者は、医務室が主な生活の場だ。たまに怪我や体調不良で、一時的な休憩の場としても、随時解放されていた。北は網走、南は西表島まで、さまざまな人間がいた。  しかし、一度も医務室で会ったことがなく、おそらくはアパート・マンション暮らしか、実家で生活しているのだろう。僕は通おうと思えば通える距離だが、家にいられないためここにいた。 「僕は構いません…が、朝霞さんは?」 「…前任が少し合わなくてね。話しやすい人を希望しているから、きっと高瀬君なら大丈夫だよ」  社長がすこし表情を曇らせて、含みのある言い方をした。  前任……そういえばあの男と、専属契約の噂が持ち上がっていた。それを彼女が拒否したのか。  社長は切り札とばかりに、引出しから朝霞さんが署名した、仮の新規契約書を見せつけた。柔らかくて繊細で、とてもきれいな字だった。誘惑に負けた僕は、彼女の下に名前を書いて、社長に返した。僕は、身が引き締まる思いがした。  すぐにでも会えると思ったが、父親に電話して彼女を帰した、と言われてがっかりした。どうやら彼女は気負いすぎて、ストレスで倒れたがそれでも、捜査に参加しようとしていたらしい。根性があるというよりも、どこかそれを飛び越えて、寧ろ憎しみより強い執念を感じた。彼女のことを語るには、一言では言い表せないほど、言葉は無力だった。  ―強い女性だな―  僕は彼女に会いたいという気持ちが、より一層大きくなった。嬉しさのあまりに僕は、普段の出社時刻より、三十分近くも早く来すぎてしまった。しかし彼女も同様で、僕より三分遅れて社長室へ入ってきた。
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