第十二話

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「早いよ。けど今は聴かない。彼女の口から聞きたいから」  言っている意味が分からない。前任はこれで理解できていたのだろうか。言葉がこれでは日本語の通じない外国人だ。  それでも彼女は立ち止まらなければ、こちらを振り返ることもしない。ゆっくりとした速度だから、先を歩いてはいるが、追い付けない速さではないから、振り返る必要がないのか。  彼女は柊探偵事務所から、遺体以上の異臭が立ち込める、ごみ屋敷に来た。表札は斉藤だから、被害者の実家と思われた。彼女は何も語らないため、こちらは推察するしかできなかった。  一人が状況をさぐり、もう一人は相手に気付かれないで、仲間に応援を要請する、捜査規則の交代制によって、彼女が中に入ると言い出した。僕は彼女に全てを委ねると言った、自分の発言を後悔した。  最初の顔合わせで、一緒に捜査したいと、率直な気持ちを伝えた。どうして僕の希望を聞き入れてもらえないのか。誤解されないように、はっきりと意思表示したはずだ。  彼女はどこか欠けていた。 「そうだよ。私って四感しかない障害者…難聴患者だから」  今すぐにでも僕の目の前から、忽然と消えてしまいそうなほど、儚く揺れる言葉を残して、彼女は扉の向こうへ消えた。  確か健康体な人間よりも、障害者の方が、感受性が強いと聞いたことはあった。彼女もそうなのかもしれない。しかし僕は足がすくみ、一歩も動けなかった。何ということを言わせてしまったのか。僕は彼女を傷つけたんだ。  出てきたら謝ろう。彼女は言葉足らずなだけで、きちんと周囲を見ていた。だからこそ体力面で難しい、本部で初となる女性の遺体捜査官として、地位を一人で確立していったのだ。ただ実力があっただけではなく、そこに至るまで想像もできない苦労を重ねたのだ。 朝霞視線・後編 「あなたは何を守るために、この家を覆っているのですか?」  彼女の表情は強張ったが観念したのか、彼女はゆっくりと、過去を語り始めた。元々は近所で有名なおしどり夫婦で仲が良く、二人とも娘の由里さんを溺愛していた。それが大きく狂いだしたのは、由里さんが中学校に上がってすぐのことだ。  いじめにより、泣きながら帰宅したきり、部屋にこもって何日も出てこなかった。夫は彼女を甘やかしているせいだと責め、由里さんにいじめてきた相手の名前を告白させた。そして、決定的な事件が起こってしまった。
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