第十三話

2/5
前へ
/36ページ
次へ
 彼女を待って三十分が過ぎた。さすがに心配になった頃ようやく、異臭のする箱をもって彼女が出てきた。しかし彼女は止まることなく、僕の隣を通り過ぎて、さっさと先に行ってしまった。僕があわてて彼女を追いかけると、彼女はようやく止まった。 「今日はすいません。後はこちらで処理できますので、もう構いませんよ」  まただ。また彼女は僕を捜査から、僕を遠ざけようとした。何かを隠していることは分かったが、聞くことはできなかった。その時の彼女は、半分死んだように生きていたからだ。生死の区別がつかないほど、小さな背中からあふれる雰囲気は、とてつもなく不安定だった。 「…嫌です。僕も捜査に参加させて下さい!」  僕は彼女の前に回り込んで、思いの丈をぶつけるために、出来る限り深く頭を下げた。すると彼女は、呆れたように溜め息をついた。そして低く唸るような声で、柊さんに素性を隠さず会う覚悟があるのかと、彼女は僕に尋ねてきた。つまり覚悟がない人間は、捜査に関わらせないということだ。もしかして、彼女が専属契約者に、柊さんを選ばなかった理由は、そこにあったのか?もしそうだとしたら、あの人でも覚悟が足りないということだ。それなら、僕はどれだけ足りていない?  答えに迷っていると、それを”覚悟ゼロ”と解釈し、彼女はまた先を行った。あっという間に遠ざかる彼女の背中に、僕は覚悟の誓いをたてて、小走りで彼女に追いついた。隣に行くと彼女は、満足そうにほほ笑んだ。僕の覚悟を認めてもらえたのだ。  冷たい言葉で突き放すこともあって厳格な人だが、本当は優しい僕が憧れ続けていた人、そのものだ。  それからすぐ彼女は本部へと戻ってきた。手にした箱の中身を分析するのだろう。しかし向かったのは、社員食堂だ。とりあえずついていくと、周囲からの視線をものともせず、彼女はある人物の前で立ち止まった。もちろん箱を抱えたままだ。目的の人をみつけると彼女は、突然とんでもない発言をした。 「私はこれより捜査のために任意で、口内細胞の提出を求めます。彼女と柊先輩を照合させて下さい」  彼女の発した伸びがあって、よく通る声でその人物が、柊さんだと分かった。 「鞘歌は前妻の玲子(れいこ)の連れ子だから、照合しても一致しない」  言葉では冷静だが、箸を握る手が小刻みに震えていた。彼女の死を薄々は気付き、その反面で確証がなかったのだ。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加