第十三話

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「現在は玲子さんと連絡を取れますか?」 「出来ない」 「分かりました。では他のルートから探るので結構です。ご協力ありがとうございました」  もう少し突っ込むこともできたはずだが、何かを察したようで、彼女はそれ以上は掘り下げなかった。その場で箱を少し前へ出して、彼女は柊さんに会釈して、そのままどこかへ行ってしまった。  僕はまた彼女に放置されて、柊さんと二人で気まずかった。時間帯はちょうど昼時で、他にも社員はいたが、この場所だけは空気が違っていた。いきなり隣にというのも抵抗があり、僕は柊さんの向かいに座った。 「お一人ですか?」  彼女がここへ来る以前の柊さんは、いつも笠原さんと青葉さんの三人でかたまっていた。そのせいか今日は一人だったので、彼女が誰に声をかけたのか、すぐに理解できなかった。 「あいつらなら手を切った」  柊さんはそうすることが、さも当然だと言ってのけた。お互いの距離が近すぎるゆえに、何か衝突したのだろう。だが今の柊さんは同時に、憑き物が剥がれ落ちたような清々しい印象で、以前とは雰囲気が変わっていた。  主に笠原さんに振り回されて、気がたって常にしかめっ面でいたため、オーラで人を殺せそうなほど、威圧感があった。それが最近では角が取れて、柔らかくなったのだ。ここまでの変化は、そうそう起こりえない奇跡だ。  いったい何が彼を、そこまで変えたのだろうか?そう考えてみて僕は、ある一人の存在が浮かんだ。朝霞瑠夢―――彼女に出会い、覚悟を手に入れて、変わったのかもしれない。 「追いかけなくていいのか?」  柊さんは僕の方ではなく、彼女が歩いて行った方を見ながら、ぼそりと僕に尋ねた。契約は打ち切りになったが、やはりその表情は、心配そうに歪んでいた。それ以上居座ることもできなくて、僕は向かいの席から立ち上がると柊さんは、僕に質問してきた。 「お前…高瀬は――あ、いや、例え話だが、少しいいか?」 「はい。僕でよければどうぞ」  本当は彼女のことが、少し気になっていたが、それ以上に柊さんの声は、僕を引き留めさせた。とても深刻な面持ちで、いい加減な冗談話をする時の顔ではなかったからだ。 「仮の話だから適当に受け流して構わない」  柊さんはそう前置きをして、ゆっくりと語り始めた。僕から見た柊さんは、表情に戸惑いを滲ませて、視線が定まらず落ち着かなかった。
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