第十話

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 俺は頭にきていた。ここ最近ずっと、朝霞に避けられていたのだ。特に喧嘩をしたわけでも、怒らせた覚えもない。それにも関わらず避けられており、理由が全く思い当らなかった。  振り返ってみると、グラージェで会った時からよそよそしかった。その後も斉藤親子のDNA鑑定を、一人で済ませて俺の仕事がなくなった。挙句の果てに遺族を本部へと招き、お骨の引き渡しをする際に、突然倒れたと社長から電話が入った。  あいつのことだ。無理をして体調を崩したのだろう。こうなる前にどうして、俺を頼らなかったのかと、腹立たしかった。  ―無理しそうになったら、止めてあげて―  不意に社長の言葉が浮かんだ。 「どう考えても……俺じゃあ役不足だろ」  ここまで頑ななのは、やはり朝霞の過去が絡んでいるのだろうか。  そういえば、自分のことを捨て子だと話していた。噂が本当なら両親は生きていたはずだ。朝霞は記憶をなくしているのか?それは寧ろいいことではないのかと、冷酷なことを考えてしまった。父親のことを思い出せば、朝霞はきっと死ぬほど傷つくだろう。それなら、記憶をなくしたままでいられないのか。  依存しないと決意したはずなのに、俺はいつの間にか、朝霞に感化されて冷酷な人間になりつつあった。 「朝霞!」  俺は医務室で横になっていた朝霞に、声を荒げて怒鳴った。すると傍らには被害者の母親がいた。ずっと目を覚まさない、朝霞の手を握り締めて、薄暗い部屋の中で、声も出さずしのび泣いていた。  とりあえず壁に触れて、スイッチを探り、電気をつけた。母親がゆっくりとこちらを向き、目が合ったのは一瞬でまた、朝霞の方へと視線を向けた。 「朝霞の容体は?」 「ストレスだそうです」  だが母親とは目が合わない。  単純に気負いすぎた、ということなのか。俺に朝霞が止められるのか?二日間行方知れずになって、俺は朝霞のことが全くわかっていないと気付かされた。よく通う行きつけ場所、交流のある人物、何も知らなかった。朝霞を理解しているとは思ったが、それはごく一部で、側面の一欠片にすぎなかった。  俺は朝霞を起こさないように、そっとベッドに腰を掛け、眠る朝霞の頭をなでた。せめて眠っている間は、少しでも安心を与えたくて、何度も何度も繰り返しなで続けた。  ―俺はお前の負担を軽減できないのか?―  やるせなさと後ろめたさから、立ち去ろうとした。
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