第十四話

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 高瀬さんと、約束をして別れた後で、私は彼女に電話した。しかし、相手は出なかった。仕方がないので、メールを送ることにした。題名は仕事、内容は会いたいという、簡単なものだ。面倒なわけではないが、他に言い方が思い浮かばなかった。話さないことには、前に進めないので、しばらく返答を待っていたが、いつの間にか鑑定室で眠っていた。  そういえば、最近あまり寝てない。いや、横にはなっているが、眠れないのだ。主治医には軽度の不眠症だと診断された。  ―今朝も柊に病院に行けって言われたなあ―  去年の定期検診をすっぽかしたこともあり、体のことになると、柊は人一倍口うるさかった。  携帯を確認すると、新着メールが一件あり、それは彼女だ。明日なら大丈夫という返答だった。またすぐに気が緩んで、うたた寝をしそうになった。これほど睡魔を感じたことはなかった。  しかし高瀬さんに出会ってから、少しずつではあったが、睡眠時間が長くなっていた。何かしら彼の影響を、受けているのかもしれないと思うと、私は彼の存在が急に愛おしく感じた。それは明らかに煉君とは、違う感情だった。これが、恋?そんなはずないと、一人で自嘲して、鑑定室を出た。  全てを打ち明ければ、彼は幻滅して、私から離れていくだろう。だからこそ、話す必要があった。彼だけ覚悟させておきながら、私が何もしないのは、フェアではない。今までのことも、きちんと謝りたい。  私が話したいことがあると告げれば、高瀬さんは行きつけなのか、バーを勧められた。  外壁や床のすべてが木製で、窓だけはガラスという、落ち着いた空間だ。足を一歩み入れるだけで、木の匂いがする、温かい場所だった。陽だまりが似合う、彼にぴったりだ。私はどうにも場違いな気がして、おどおどと出入り口付近で、突っ立っていた。すると私に気付いた彼が、そっと隣に手招きした。 「ごめん」  約束していた私が、遅れたため謝ると、彼は笑った。そのあとで気にしないで下さいと、付け加えた。彼はいつでもそうだ。私よりも一歩下がって、対等ではない位置にいた。最初会った時から、憧れの情は伺えたが、そこまで尊敬の念を抱かれるほどのことを、彼にした覚えなどなかった。私は寧ろ、正反対としか思えないのだ。例えるなら、まさにそれは、日向と日蔭だ。
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