第十四話

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 私はカウンター席に腰かけている、彼の隣に座った。すぐにメニューを開き、それをさっと私の方へ向けた。ちょうど私から、一番見やすい位置に、設定されていた。妙にへりくだった彼の態度が、やけに癇に障った。さっきは抱きしめたくせに、あれは嘘だったのか。彼の本心が分からない。 「ハニージンジャーで」 「飲まないんですね」  彼とはとことん好みが合わなかった。私は店で酔いつぶれたことがあり、それ以来は控えていた。外だとどうしてもたがが外れて、無意識に量が多くなるからだ。いくら気を付けていても、抑えが利かなかった。何度か繰り返したことで、すでに学習した。 「バーはまずかったですか?」  いつまでたっても低姿勢な言葉使いに、いよいよ腹が立った。ひどいことを言ってしまう前に、全てを話してさっさと別れた方がいいと、私は判断した。 「言ってなかったのだから、仕方ないでしょ?私は構わないから」  さきほど私は斉藤家から持ち出した、鞘歌さんの遺体が入った箱を、調べるために鑑定室へ行った。最初は切断された遺体だけだと思っていたが、純金のロケットペンダントが入っていた。しかもこちらは千切れていないため、由里さんが持っていた物ではなかった。手がかりになるものでも、入っていないかとペンダントに、手を伸ばした時―――  ―お前さえいなければ、由里は苦しまないのに!―  え?何、今の…この声って誰?それはまだ知らない、男の人の声だった。彼女の夫だろうか。確か由里さんは、鞘歌さんにいじめを受けていた。娘を溺愛するあまりに、彼は殺人を犯した。そうだとしたら、由里さんを殺したのは誰?  震える手で、ペンダントを開いて、私は後悔した。そこに写っていたのは、生前の鞘歌さんと舞唄だった。写真の中で二人はお互いに抱きついて、そのじゃれ合う姿で、姉妹だと確信した。  雫瀬と柊で姓が異なるのは、私もそうだから理解できた。そうか、彼女から同じ匂いがしたんだ。惹かれあったように思ったのはまやかしで、傷跡をなめ合う相手を本能が求めていただけなのだ。間違っても恋愛感情の”好き”ではなかった。  このペンダントを遺体発見時に、由里さんが所持していたため、彼女の私物だと思い込んだのと同様で、ただ都合のいい勘違いだった。どう考えても、斉藤夫婦にこれほど、高価なものを購入できるだけ、多額の資金があったとは思えない。
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