第十四話

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 私はハニージンジャーを飲み終え、会計をしようと注文票に手を伸ばすと、彼が先に奪い取ってしまった。 「苦手なのに無理して、誘ったのは僕ですから。お支払いします」  やはり苦手だ。彼個人ではなく、彼の私に向ける態度全てが、舞唄にされた裏切り行為に重なって見えたからだ。彼女とは違うのだから、きっと裏切らないはずだが、信じられなかった。  ―人ってどうしたら、信じられるのかな―  そうか今分かった。柊先輩は、鞘歌さんと私がこうして、重なるのが怖かったのだ。違う人なのに同じ人に思えて、つい比べてしまうのだ。  会計を済ませた彼と私はバーを出た。 「どうかしました?」  ほら彼は冷静だ。抱きしめた直後でも、何事もないように過ごしている。少しのことを気にして、神経過敏になっているのは私だけだ。あの行為に特別な意味なんてないよ。 「携帯…忘れた」  きっと鑑定室だ。ぼーっとしていたから、気付かなかった。別になくても困らない。明日早めに出勤して、取りに行けばいいだけだ。柊家に居ずらいので、まあいいかと思っていた。 「家族と折り合いが悪いんですか?」  普通そこを突っ込むか?私なら絶対に聞かない。例えその人に影がみえても、いつか話せる時に、聞いてあげればいいと、こちらからは聞かないようにしていた。しかし彼は、知らないことがあると、知りたいというたちなのか。彼に隠していることが多いため、ある意味では自業自得だ。全部は無理でも、一つくらいなら答えてもいいか。 「折り合いが悪いというか、仲はいいよ。…だからこそ、ね」  自分という存在が家族の輪に入れば、何かが壊れてしまいそうで、その輪からはみ出さないように、必死に足掻いていた。あの人たちの言葉は、正直私にはよくわからない。しかし、死者の声を聴けるのだから、完全な難聴ではなかった。そこは主治医にも、不審がられたが、私の方が理解不能だった。  死者が生前に触れたものであれば、触れた時に無意識で透視してしまうため、日常生活は神経を使うものだった。今まではそういうものがあると、認めたくなくて、聞かないで済むように、逃げていたのだ。  柊に出会ってこの力が、自分だけのものだと自覚した。それなら、私にしかできないことがあるはずだ。柊は家族という存在を、私に与えただけではなく、私の歩く道を切り開いた。しかし遺体捜査官になることを、反対されて辛かった。
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