第十話

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 人差し指を立てて、何を提案されるのかと、心配していると普通だった。朝霞は別の相手と組み、斉藤由里の死亡原因を捜査して、俺は智近千歳の遺体を探すことになった。  意外にも専属契を持ち出されないで、すんなりと話はまとまった。俺は仕事ならどちらでもいいが、朝霞はどうなのか。妹かもしれない人間を、そっちのけにできるとは思えなかった。だが朝霞の出した結論は―――ちらりと冷めた目で俺を見て、お願いできますか?だった。俺は一瞬なにを言われたのか、すぐに理解できなかった。 「次はどんな人がいい?」 「話しやすい人でお願いします」 「それなら高瀬(たかせ)君かな」  どんどん話が進行して朝霞は、その場で契約書に署名した。組む相手が変わるたび、契約するのだ。ただ、俺だけが取り残されて、二人は別の世界にいた。どうしてこうなった?俺は朝霞を傷つけないように、守ろうとしていた。それが間違っていたのか?またそうやって俺の手から、すり抜けて知らない間に消えるんだ。 『あの時……出来なかったから、償うべき責任があります。だから私は遺体捜査官になりました』  俺も同じだよ。本当はそう言いたかった。俺も同じ理由でここに来たと―――口から出かかった言葉は声にならず、涙が出そうで朝霞に、そんな格好悪い所を見せられない。俺はそっと立ち上がり、社長室を出た。 「……鞘歌(さやか)」  社長室のドアを閉めて、その場に蹲った。実際に呼んでみて、鞘歌と朝霞が重なるのを、恐れていたと実感した。朝霞はそれを見抜いていた。俺が出で行く直前に、俺を見て笑った。重荷や負担などから解き放たれた、達成感のある顔をしていた。  翌朝になって俺は、医務室で目が覚めた。昨日のことがあって、相当疲れていたのだろう。まだ少し体が重いが、起きられないほどではなかった。体を起こして、異変に気がついた。いつもアラームをかけて、目覚まし時計にしていた、携帯電話がない。  代わりに笠原がいた。それも俺の携帯で、文字を打ち込んでいた。俺が奪い返すと、メールの送信先は朝霞だった。さらに本文は俺が朝霞とは、専属契約しないという内容だ。笠原を問い詰めると、一週間前にも送ったと白状した。すれ違いの原因は笠原であり、俺自身ではなかった。
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