第十一話

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 ―俺はお前と専属契約をする気はない―  そんなことくらい知っているよ。寝起きに見た柊先輩のメールに対して、私は自分で思ったより動揺しなかった。 『それなら高瀬君かな』  一体どんな人物なのか、今日が初めての顔合わせなので、少し緊張していた。 若葉社長の話では、彼は三十歳男性だ。元は銀行員をしていたが、父親が原因で解雇された。その後は公務員や警察官など、職を転々としていたようだ。一か所で安定して仕事を出来ないとなれば、ただのフリーターやニートか、あるいは身内に犯罪者がいる場合だ。  個人的なことだからとあえて、若葉社長は詳しく話さなかった。確かにそういうデリケートな部分は、第三者から聞き出すより、本人から聞く方がいい。彼は込み入った事情を、持っている印象を受けた。どうみても、話しやすい人物には思えなかった。若葉社長はどうして彼を、私に推したのだろうか。 「柊先輩に迎え……あ、いいのか」  免許がない私に車での送迎を、柊先輩が率先していた。しかし職場から柊家は徒歩で十分、走っても八分圏内だ。  現実に戻っただけなのに、この虚しさは何?私は自分でも訳が分からない、感情を押し込めるために、家を飛び出した。散歩はいい。歩くのは好きだ。どれほど頭の中がめちゃくちゃになっていても、気持ちが静まって、自然と考えがまとまるのだ。 「待っていたよ。朝霞君、彼が高瀬君だよ」  そう言って入社一年の彼が紹介された。  茶色の髪はだらしなく伸ばさず、首筋にかからない程度に、短くカットされていた。手入れが大変なので、私も短い方だが彼はそれ以上だ。さらに大きな黒眼は、くりくりとして、童顔な上に女顔だった。例えるなら、草食系の小動物だ。  もちろん身長は百七十六cmで、彼の方が高いが、年下といってもごまかせる容姿だった。そういえば髪の色とかカットの仕方とか、よく似ているような……気がするけど偶然? 「高瀬捺騎(たかせなつき)です!噂の朝霞さんと組めるとは光栄です」 「……朝霞瑠夢です」  噂、ね。やっぱりこの人もそこしか見ていないのか。柊先輩がそうではなかったため、彼に期待しすぎたのだ。正確には最初は同じだが理解するため、実際に変わろうとしてくれた。しかし舞唄は危険だ。引き合わせてはいけないと、本能が警告していた。どこまでかは不明だが、犯人と内通している可能性が高かった。
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