第十一話

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 決め手はシズ姉というあだ名だ。雫瀬から文字ってシズ姉―――あり得なくはない。寧ろその方がいくらか自然にすら見えた。 「それじゃあ頼むよ」 「はい、任せてください!」  ちがう。やっぱり訂正しよう。小動物なんかじゃない。これは……ラブラドールやゴールデンレトリバー並みの大型犬だ。しかもかなり人懐っこそうだから、適当にあしらいきれない、面倒なタイプだろう。それだけならまだよかった。しかし、お尻からしっぽが生えて見えるなど、とんでもない錯覚をした。  私本当にこの人とやっていけるのかな?正直に言うと、とんでもなく不安だった。この様子だと私の職務と、彼のサポートを同時進行することになりそうだった。今日の帰りに薬局でもよって、胃薬をストックしておこうかと、本気で考えたほどだ。 「ひい……高瀬さんのやり方で捜査しますか?それとも私の独自のルートでいきますか?」 「前任は柊さんですか」  そう言った高瀬さんの声は驚くほど低く、とても冷ややかだった。なんとなくだが、それには父親の件が絡んでいる気がして、私はそれ以上何も言わなかった。仮に聞かれたところで、答えられないのだから困るだけだ。私は柊先輩のことをずっと、見ていたわけではないのだから。  私に関して過去の詮索はしなかった分、自分の僅かな過去を打ち明けたのは、一度きりだった。柊先輩が明かした過去はほんの一部で、本能的にそれだけではないことも知っていた。  人は無意識のうちに自分がされたくない行為を、他人に対しても意識的に行なわないのだ。それに柊先輩は、うまく隠しきれているつもりだろうが、表情に影がさすことが何度かあった。特にその影が強く出たのは、グラージェであった時だ。 「僕は捜査を優先しますから、朝霞さんが決めて下さい」 「分かりました」  つまり重大な決断は全て、私が下さなければならないということか。確かに高瀬さんに任せるよりも、確実に動きやすい。それで失敗したら自己責任だ。  誰も信じない。誰にも心をさらさなければいいだけだ。弱さを見せなければ、つけ込まれることも、自身に危険が及ぶこともない。……これって私の経験?それとも、誰かに言われた?あと少しで自覚できそうで、向き合おうと考えると、それは水のように形を変えて、輪郭をなくすのだ。
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