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講堂のドアが開いて、洋司が入ってきた。缶ビールとコンビニ袋片手に、ピアノの横に座り込む。
「お前なあ・・・酒持ち込むんじゃねえよ」
「大丈夫、哲の分もあるから」
「いや、そういうことじゃなくて」
「てかさ、いつまでちんたらやってんだよ」
身体が一瞬、強ばった。
「浅やん先輩は、確かにすげえ魅力的な人だ。ユーモアもあるし、俺らにもすげえ優しい」
「・・・」
「でも、元カノが忘れられないくせに、紅音さんとこそこそ付き合ってんだろ?」
「・・・っ」
「俺は、お前の方が紅音さんを幸せにできると思うぜ」
「・・・簡単に言うなよ」
俺は、俯きながらまた弾き始めた。
「俺、浅やん先輩のことも紅音さんのことも好きだけど」
「ちょ・・・気が散る」
「哲に、一番幸せになってほしいんだよ」
あの人を思うと、皮膚の裏側をひっかかれたような、何とも言えないむず痒い気持ちになる。
体が少し熱くなって、体が少し縮むような。
どうして好きになってしまったのか、どうしてあの人じゃなきゃだめなのか。
・・・わからない。でも、今はまだここに居たい。
「・・・何かリクエストあれば、一曲弾いてやるけど」
洋司は結局、俺の分のビールまで飲み始めた。
リクエスト曲は、ショパンの「別れの曲」だった。タイトルはともかくとして、俺が得意で大好きな曲だった。ー完ー
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