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名乗られた以上、名乗り返さなくてはいけない。
ディルクにはとっくに名前を知られているのだろうが、それが礼儀だ。
「ヴィク。家名は、今の俺には必要のないものだ」
「最後の生き残りとして名乗ったりはしないのかぁ?」
口元に笑みを浮かべて目を細め、様子を窺うようにしてディルクがヴィクに問い掛ける。
すべてを知っても尚、ヴィクの心情を試そうとしている。口に出すことで更なる決意を固めさせるのが目的か、ただ口にすることに意味があるのかは本人にしか分からないものだ。
それに、どういう意図があろうともヴィクの返答は決まっていた。
「生き残りであることは否定しない。だが、間違えないでくれないか」
一度言葉を切ったかと思うと、ヴィクは鋭い光の宿った瞳でディルクを貫く。
「ヴィク=シャドルーヴはあの日死んだ。今、あんたの前にいるヴィクという存在は憎悪で生きる孤児の死刑囚でしかない」
憎悪に満ち、囚われたままで行う家業の真似事は最愛を穢す。
故に、ヴィクは一度死んだ。そして、憎悪を糧とし復讐のための生を再度得た。
その意味を分からないとは言わせない。ディルクはヴィクのすべてを知ったはずだ。その上で自分から協力を申し出たのだ。
だからこそ、間違えられては困る。復讐を望んでいるのは、ヴィクという負の感情に囚われた一人の人間でしかないのだから。
「――っふ、くっははは!」
「………」
「くくっ、そう睨むなって。上出来だぜぇ、期待以上だ」
吹き出し肩を震わせて笑いだすディルクを睨めば、わしゃわしゃと髪をかき混ぜられる。
コロコロ変わる雰囲気に、相変わらず何を考えているのか分からない。だが、どこか楽しそうに笑い声を上げている様子にヴィクは気を抜いた。
真剣になったことを後悔しないのは、ディルクが本気で見定めていたことに気付いたからだ。
それと、ほんの少しだけ。髪をぐしゃぐしゃにされるのは悪い気分ではなかったことも関係しているかもしれない。
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