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「お前は、生きたいか?」
「なんだ、突然」
男の声が先程とは違う、真剣な色を帯びたことにヴィクは気付く。
突然の質問。それは、自分が諦めているものについてだった。
「お前の最愛を奪い去った憎き相手への復讐。この目標を、成し遂げたいか?」
「………」
「世界の裏側を知った瞬間のこと、忘れたわけではないのだろう」
真っ赤に染まった最愛は、いずれ黒へと変わるのだと知った。
黒から生まれたものは、憎しみ。
心には暗い炎が灯され、ナイフは復讐を望む。
世界の裏側、善悪の反転。
知りたくなかった事実を一瞬にして手に入れてしまったあの瞬間。すべてが、狂い始めたのだ。
「……忘れるなんてこと、出来ると思うか?」
「………」
「出来ないから、俺はここにいるんだ。俺の記憶を見たあんたなら、分かるだろ」
ヴィクはそっと目を伏せる。
この復讐はあくまでも自己満足に過ぎない。彼らが望んでいるのかと問われれば、ヴィクは間違いなく分からないと答えるだろう。
彼らが望む望まないは関係ない。
ヴィクはただ、正義と称した者達が自分の最愛を奪ったことに憎しみを抱いているのだから。
「だから聞いている。お前は復讐を成し遂げたいか、と」
「……そうだな。出来たら、よかった」
答えは曖昧だった。
成し遂げたい、という意志ではない。出来たらよかった、という諦めだった。
この状況では無理もない。
死刑囚として捕まり、処刑執行日は間近だ。帝国一の警備体制を誇るこの刑務所からの脱走は不可能に近い。
「もう諦めるのか?」
「可能性が、見つからないからな」
自嘲的な笑みを浮かべるヴィクを見て、男は自分の首の痣に触れる。
自分がわざわざここに来たのには、目的があったからだ。
その目的を達成するには、目の前の死刑囚が必要不可欠。
彼は生きることを諦めているが、ここで死なれては困る。
それに、先程のやり取り。それで自分は、彼を酷く気に入ってしまったのだ。
「……可能性が見つかれば、諦めないで済むのか?」
そして男は、一つの道を選択した。
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