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「目的、なぁ」
男は目線をヴィクから逸らし、遠くを見つめる。
自分がヴィクを手助けする目的。
それを教えるには、まずは自分の正体から話さなくてはならない。
いずれは教えなくてはいけないのだが、今ここで簡単に教えてしまうのは惜しい気がした。
「そうだな……ヴィク、お前が欲しい」
男の目線がヴィクに戻り、先程までのにやけ顔でその言葉を口にした。
「は?」
「お前が欲しい。それじゃあ、目的にならねぇのかぁ?」
男は相変わらずニヤニヤとした笑みを浮かべている。
本気で言っているのか、それとも冗談なのか。判断するにはあまりにも材料が少なかった。
だが、自分にこの男を動かすだけの価値があるとは到底思えない。
ヴィクは冷めた目で男を見据えた。
「からかいなら、俺じゃない方がおもしろい反応するんじゃないか」
「からかい、なぁ」
男は溜め息を一つ吐くと、ヴィクの鼻を摘まんだ。
「お前自身にお前の価値は分かんねぇよ。俺には俺の都合がある。それにお前以外の偽者じゃなく本物のお前が必要で、そのためなら使われてやってもいいってだけだ」
分かったか、と言うと男はヴィクの鼻を思いっきり引っ張って離した。
ジンジンと痛む鼻を押さえながら、ヴィクは男を見上げる。
男は自分が欲しいと、必要だと、そう言った。
自分の価値は自分では分からない。
それは、自分は役に立つと言い張る自称強者が実は全く使えない弱者だった、という話と同類のものだろう。
自分が何のために必要なのかは分からない。
それが気にかかり不安ではあるが、自分が必要とされること自体は不思議と嫌ではなかった。
「……目的を聞いても?」
「楽しみは後のお楽しみにするべきじゃねぇか?」
ヴィクの言葉を聞き、男はニヤニヤと笑みを浮かべる。
その笑みと声色は満足そうに見えた。
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