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「……ま、何も分からないんじゃ不安にもなるか。ただ、悪い様にはしねぇ。身の安全を完全に守るとは言わねぇが、こんなところに居るよりはマシだとは思うぜ?」
「それは……そうだろうな」
日の当たらない監獄で目前に迫った死を待つのと、未知とはいえ強いであろう男の元で過ごすのとでは大きく違うだろう。
自分が脱獄するのを手伝ってまでして、脱獄後すぐに殺すというのもそう考えにくい。もしそうならば、すでに自分は殺されているはずなのだ。
「分かった。目的はあんたの言う後の楽しみにしてもいい。その代わり、あんたの名前を教えてくれ」
男が人間ではないことは見た目が表している。けれど、ヴィクにとって種族は関係ない。
何事にも契約に必要なのは名前だ。依頼者の名前と報酬さえあれば何でもこなしてみせるのが、裏社会で生き抜いてきたヴィクのやり方だった。
己の名前を嘘偽りなく告げることができる者の依頼のみ請け負った。名前はその者を表す証明。依頼者が何者であるかが分かることは、何よりも重要だった。
提示した報酬の不足分の請求。依頼を罠とする帝国の犬への対処。守秘義務のある情報の漏洩に対しての制裁。
すべて名前さえ分かれば、行動することができる。だから名前は契約には必須なのだ。
「ここで正体とか言わねぇんだもんなぁ……。いいぜ、教えてやるよ」
スッと立ち上がったかと思えば、男は横たわるヴィクの傍らに立つ。そしてそのままヴィクの手を握ると、思いっきり上半身を起こすように引っ張った。
「うおっ!?」
「ディルク」
「は」
「俺の名は、ディルク。人間みたいに名前の後に続くものは存在しない」
家名が存在しないということは、人間であれば孤児であること。
孤児でなければ、別の種族であることの証だ。中でも人型を取れる魔族がその傾向にある。
男――ディルクもその中の一人ということなのだろう。
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