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「胸糞わりぃのかぁ?」
「あぁ、反吐が出る」
ヴィクは顔を歪めた。痛みに歪めていた時よりもさらに苦々しく、憎むべきものを見た時のように。
それは己を責めるようでもあり、誰かを憎むようでもあった。
明らかなる感情の歪み。ヴィクに深く強固に根付いた負の感情を垣間見た男は、ほう、とどこか納得しながら笑みを深める。
「さぞかし、間抜けな話なんだろうなぁ」
「矛盾だらけの偽善的な話だ。子供騙しの、な」
子供達の想像する勇者と正義。これはその話が元になっていると言っても過言ではない。
魔王は悪、勇者は正義。この固定概念は確実にそれに当てはまるだろう。
そして一般人はそれを一切疑わず大人になる。それはヴィクの両親もそうであったし、ヴィク自身もそうなるはずだったのだ。
少なくとも、十年前のあの出来事が無ければ、そうだったのだろう。
「随分と、否定的なんだなぁ?」
「……正義なんて、人が都合の良いように決めつけたモノでしかないだろ」
「ふっは、お前おもしれーなぁ!」
「つまらないの間違いだろ……っ!?」
人でありながら人の考えた正義を否定する。ヴィクのその行動が男にとっておもしろかったのか、小さく噴き出した。
そんな男に困惑の眼差しを向けながら、ヴィクはそれは間違いじゃないのかと指摘する。おもしろいと笑われることが嫌なわけではない。ただ単に自分がおもしろい人間だとは到底思えなかったからだ。
何故自分がおもしろいと言われたのだろう、と頭を捻っていたからだろうか。
ヴィクは男が突然起こした行動に対しての反応が遅れ、されるがままにベッドへと押し倒された。
「……は?」
「別に危害加える訳じゃねぇから安心しろよぉ。ついでに、大人しくしててくれると助かるんだがなぁ」
そんなこと言われても、と思いつつもヴィクは身動き一つしない。目の前の男が怖いとか状況が掴めずに混乱している、という訳ではないのだが、ただ動く気にならなかった。
それに、自分の髪を梳く男の手が何故か心地よく感じられるのも原因かもしれない。
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