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──バレンタイン
看護婦が書いたそのピンクの丸い文字を見つめながら、コーヒーを啜る。
ブルマンのブラック。
少しきつい酸味とまろやかな苦味が俺好みで最近はもっぱらこればかり。
これに砂糖やミルクを入れる人の気が知れない。
いつもは昼の休診時間帯に誰かしらが用意してくれるそれを、今日は久々に自分でいれた。
休診日。
人気のない診察室の椅子に腰掛けて背もたれに体重を預けると、微かに金属の軋む音だけが静かな部屋に響く。
マグから漂う芳ばしい薫りが、少しだけざらつく心を落ち着かせた。
ゆったりと味わうようにそれに口を付けながら、カーテンの開いた診察台に目をやる。
無機質でシンプルなそこ。
普段はただちょっとした診察に使ったり、点滴を入れる患者を寝かせたりするだけの場所。
けれどあの日以来、ついと思い出されるのはあのことで──
一瞬、脈打つように沸きかけた熱を誤魔化すように無駄に長い溜め息を吐いて、俺は再びカレンダーへと視線を戻した。
本当に、来るのだろうか。
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