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男の名はハザマ。
それが本名なのか偽名なのか、それとも狭間の世界に身をおいているからなのか。そこに関しては興味がなかった。
ただ記憶の中のハザマは、死にかけている現在よりも少しだけ若く、煙草を吸っている。おそらく三、四年ほど前の記憶だ。
「オジサン、頼むよ」
ハザマの目の前に幼い子供が座っている。瓦礫に背を預けて、両足の膝から下がない。子供の前には錆びた空き缶が置かれていて、中には小銭と少しの紙幣が入っていた。
「物乞い、か」
金をどれだけ入れても意味などないことをハザマは知っていた。それを回収する奴等がこの国を腐らせていることも。
煙を一気に肺に流し込むと、地面と靴底で潰した。
「坊主、生憎だが今は手持ちがない」
「ちぇ、無一文かよ」
ハザマは「まあ、そう言うな」と少年をなだめると、パンを一斤まるまる差し出した。
「半分はお前が食え。他にも仲間がいるんだろ? もう半分は分けて食え」
少年は目を輝かせてパンを頬張った。よほど腹が減っていたに違いない。パンは一気に半分になってしまった。
ハザマはその様子をしばらく眺めた後、煙草をくわえてその場を去った。
歩きながら煙草に火をつけようとしたがマッチを数回擦っても火が起こらない。どこかに火がないか周囲を見渡すと、黒い大型車が子供のいた方向に走っていくのが見えた。
奴等が来ることはわかっていた。しかし、まさかこんなに早く来るとは……。
ハザマは舌打ちして来た道を戻った。
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