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「一度喪った魂は戻りません。が、声や姿は消えても、存在していたという事実は失われない。貴女が望む形では残らないですが」
「わかってます」
(噛み締めたばかりだもん)
「揺れる天秤を私は指一本で止められる。ある程度、自分好みの傾きでね。人間はそれが出来ないと理解しているのに、それでも止めたがるんですよね。幸か不幸か――なんて不確かなものを乗せたりして」
――不確かなものですよ
結城さんは繰り返した。
「釣り合っていれば“正しい”。もしくは“理想”とでも言うのでしょうか? 皿に乗せ量っているもの自体、偽物か本物か、あるいは良質か否かも断言出来ないのに」
「…………」
一本指を開くと、花びらが一枚はらりと落ちる。それは芝生に着地する寸前に物理的法則を無視し、まるで蝶の様に私の目の前に戻ってきた。そのまま頭上へ、空へ昇っていく。
「え?」
唖然としていたら、残りの花びらが手から逃げ出し始めた――そして舞う。
はじめの一枚を追いかけ螺旋を描きながら流れていく赤色の欠片たちを、私は見つめるしかなかった。
水面を目指す泡の「こぽり」という呟きが、光を受け輝く儚げな球体が、目の前の風景と重なる。
手を伸ばしても届かない。
去っていくだけの“夢”――。
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